特許権の本質
特許権は独占的排他権とよく言われます。多くの解説書で特許を権利化出来ればその内容を独占的に実施できるとの説明が多くなされています。
間違いではないですが、この説明では多くの人が、権利化出来れば自社の技術を実施する事を保証してくれると誤解します。私も長い事、特許を出願するのは、自社の技術を守るためだと思っていました。
他の人が勝手に特許の内容を実施できないので、結果的に自分が実施できるようになるだけです。
特許は、自社の技術を実施する事を保証などしてくれません。何故なら、特許は排他権であり、しかも、技術は多面的です。一つの特許で自社の技術を守る事は不可能です。他社に、切り口を変えた特許を出されたら、自社の技術は守れません。
それをイメージで示したのが下の図です。
例えば、あなたが赤チームで新しいガラスを開発したとしましょう。頑張って、組成に関して特許化したので、他社が同じ組成のガラスを作れないことになります。
しかし、他の切り口、例えば、生産方法や、ガラスの特性で誰かが、あなたが実施している技術を特許化してしまえば、あなたは、新しい硝子は作れません。
特許権の本質:特許は攻めに強く、守りに弱い。
守ってくれないとは言えませんが、サッカーのゴールといった技術を特許といったゴールキーパーが守っているイメージです。
「物」の発明は特許出願を
一般に「物」の特許は検証性が有るので、特許は出願すべきと言われます。検証性は「見ればわかる。調べればわかる。」です。
「方法」の発明も検証性が有るのであれば、まずは、特許が出せないか検討すべきだと思います。
一つの特許ではゴールは守れないと言いながら、自社の開発した製品を特許も出願せず世の中に出すのはゴールキーパー無しで試合の臨むようなものです。
しっかり、特許調査を行い、誰も、シュートを打ってこないと確約が取れていれば別ですが、他社の特許は出願してから公開されるまでの1年半はブラックボックスです。誰もシュートを打ってこないとの確約を得る事は制度上不可能です。
「物」「製品」の発明は、特許出願出来ないか検討するのが大前提と考えていただければよいかと思います。
生産方法の特許は基本、秘匿
製品に痕跡が残るような生産方法や他にも、ノーベル賞級の発明のように、その製品を作るには必ずその方法でなければ作れないような特許。(例えば、iPS細胞の特許など)は出願すべきだと思います。
しかし、通常の生産方法は仮に侵害されていても検証できません。仮に真似をされたとしてこちらから権利行使するのは難しくなります。結局、他社に有効な情報を与えるだけになる可能性が高いです。
なので、検証性のない生産方法の発明は、前提として秘匿化出来ないか?を考える事が大切だと思っています。
私は、自社の生産方法特許の出願を検討するのであれば、他社の生産方法の特許が出せないか検討する方が遥かに有効、効果的、と考えています。
生産方法の発明を秘匿にするリスクは?
他社からの特許訴訟
他社から、特許侵害では?と提訴された場合、検証性がないからといって知らないふりをするわけには行きません。
2019年の改定で専門家が証拠収集を行う査証制度が創設され、専門家による現地調査が出来るようになりました。特許庁のH.Pを参照ください。→resume.pdf (jpo.go.jp)
特許侵害だと訴えられるのがリスクだという点では、物の特許と同じですが、物の特許の場合、権利行使される可能性は生産方法の特許よりはかなり高いと思われます。何故なら、やはり検証性が高く、特許権者の商売に直接影響するからです。
一方、物の生産方法に関しては、特許権者から見ても、特許侵害だ!と訴えるにしても検証性がないので訴えにくい。また、自分の製品を侵害していないのであれば、わざわざ、訴える可能性は低くなるのではないでしょうか?
しかし、一旦、特許訴訟といった状況になると、お互い持っている特許でやり合うことになります。
他社の特許を侵害しているような状況がある場合は、特許訴訟に備えて、やはり、生産方法の特許も出願すべきだと思います。
ディスカバリー制度(アメリカ)
アメリカの場合、ディスカバリー制度というのがあり、訴訟になればすべてオープンにする必要があるようです。
検証性が低い生産方法の特許はまず、秘匿を考えるべきという考えに変わりは有りませんが、アメリカの場合は注意が必要となりそうです。
生産方法の特許出願で大切な事
実際に自社の生産方法を出願する場合は、他社から見ればなるべく分かりにくい形で出願する事が大切だと個人的には思っています。
自社技術を特許化したとしても、実は権利行使するかる率はかなり低く、しかも、自社の技術も完全に守ってくれるわけではありません。
特許化する意味合いはあまりない事が多いと思います。
他社から特許侵害だと訴えられることに対する対応だとすれば、公知化してしまうといった考え方もあります。
いわゆる後願排除を目的として公知化するのです。しかし、ただ、公知化しても、まさしく手の内をさらすだけです。そうなると、他社に改良特許を考えるきっかけにもなり、自社の改良できる範囲が少なくなります。
実際にやっている事、やっていない事、色々記載して、実際にやっているのは何なのか分かりにくい形で公知化するのが良いと思います。
具体的には、類似特許の明細書に、色々な場合を記載し、本当に実施している内容が分かりにくくするのが大切になると思います
特許出願するにしても、実施例に実施形態を数多く記載したり、類似特許を出願する事も大切だと思っています。
秘匿にするなら情報管理を徹底する事
メーカーに勤務していると同業他社の生産方法はおおよそ分かります。情報源はやはり特許である事が多いですが、関係業者、あるいは、お客様から情報が得られることが良くあります。
本来、有ってはいけない話でしょうが、実際は良くある話です。いくら契約を結んでいるからと言って、肝心な部分はオープンにしない事が前提になります。
他社の生産方法は貴重な情報で、社内でも議論の対象になり、色々なルートで情報を取ろうとする。といった事も要因としてあります。いわゆる、かまをかける人もいるので注意が必要になります。
対策としては絶対にオープンにしてはいけないことを明確にして、社内に徹底する事が大切になります。
まとめ
- 特許権の本質は攻めに強く守りに弱い。
- 特許は必ずしも、自社の技術を守ってくれません。
- 「物」や「方法」のように検証性のあるものは、特許出願を前提に考えるべき
- 生産方法の様な検証性のないものは、基本秘匿にするべきで、その際のリスクを検証する事が大切
- その際のリスクは他社から特許侵害で訴えられること。ただし、そもそも検証性がないのでそれだけで訴えられる可能性は少ない。
- 物の特許等で特許訴訟に発展するようなケースが考えられる場合には、やはり、生産方法の出願も必要
- 特許化しても権利行使する可能性が低く、特許出願する事で、自社の実施内容を公開する事になる。その場合、他社の改良特許のきっかけになる。その為、生産方法については、公知化して後願排除を図る選択もある。
- 公知化の場合は類似特許の実施例の中に色々な形態をたくさん並べる事で、実際に何を実施しているのか、外部からは見えにくくする事が大切。
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